所沢にて3月11日を思う

まずはじめに・・・被災者の方々のご冥福を心よりお祈りいたします。

まだ不明者も残るまま1年が経ちました。
今も被災地の方々は多くの苦しみを抱えたままだと思うと胸が詰まる思いと同時に
言葉にならないのが本音です。

昨年の3月11日を振り返るとまだ鮮明にその時の事が思い出されます。

私は都内でお客様と打ち合わせをしていました。

突然店内のお花が揺れ始めたのに気がつきました。

次に出して頂いたお茶が波打っているのを感じました。

何回か打ち合わせを中断し、念のため自動ドアを開けた状態で打ち合わせを続けていました。

しかし何度目かに大きな揺れを感じ全員外に出ました。

長い揺れでした。外に出てもまだ揺れています。
今まで見たことのない光景で電柱も倒れるのではないかと思うくらい揺れていました。

私は女性社員の方と手を取り合い半べそをかきながら「怖い」と言っていました。

しばらくすると揺れは収まり、お店の中に戻りましたがお茶は茶碗の外にこぼれて
ほとんど残っていない状態でした。

その後打ち合わせを終え、帰途につく頃電話が通じない事や電車が止まっている事を知りました。

打ち合わせ先のお客様は親切で、何かあったら戻って来てくださいね・・・と言ってくださったのが非常に
ありがたかったです。

気になったのは下校中、またはまだ学校にいるだろう子供の事でした。

そして会社に戻れないと連絡をいれなくてはと心が焦りました。

携帯には友人からメールが届いていて「子供は私の家で預かっているから心配しないで」
とメールが入っており心底ホッとしました。
また心からありがたいと思いました。

父とは連絡が取れませんでした。

兄からは何度連絡をくれたメールが後から届きました。※ずっと後から届きました

会社へは駅の公衆電話から固定電話へかけてつながり、現状を伝える事ができました。

この後私は駅前のデパートで少し時間を潰すために向かい2階の電化製品売り場に向かうと

売られているテレビに人が群がり、地震のニュースにくぎ付けになっていました。

現実なんだろうかと思うような、日本地図に津波警報や赤や黄色で何かの警報が表示されていました。

まだ実感がなんだか湧いてきませんでした。

当日はそんな状況でしたが、翌日からは普通に出勤をしそれぞれの無事を喜びあったりしていました。

遠く離れた場所でもこんな状況でしたら、被災地の方々は想像を絶する状況だった事は後になって
みれば恐ろしくも感じる程です。

1年経った今もまだ復興は続いていて、日本が協力する事が必要な状況は続いています。

私たちの協力はその場だけでなく、ずっと継続してこそ力を発揮するのだと思います。

小さな事で良いと思います。10円でもいいから全員が毎月忘れずに募金する事ができたら
素晴らしい事だと思います。

また日本政府はそのお金を迅速に役立たせ、何に使ったかわかるようにしてほしいです。

復興はこれからです。所沢のみんなも力を合わせて応援していきましょう!

この記事を書いた人は...

美味しいのLOVE です。